聞かせてみせてよストラテジー









「いやです。」
 トラヴィアは即答した。リッカの祖父…もとい、宿鬼の話を聞き終えてすぐにだった。
「なぜじゃ!」
 宿鬼も即答した。即答に即答した。今この場では、田舎で暮らしていくに必要ないとひた隠しにしてきた鬼としての姿を晒け出し、トラヴィアに問い詰める。
「ぬしはニードを嫌ってはいないのじゃろう。あやつが宿屋店主として人間として立派になる姿を見たいとは思わんのか。」
「ニードは今でもじゅうぶん、立派です。」
 トラヴィアは即座にきっぱりと答えた。
「考えても見てください。かつては仕事をすることはおろか、朝起きて夜寝ることを決まった時間にすることも、他と接することも満足にできなかった彼が、今はそれをしているのです。どんなに対応が乱暴だろうと、どんなに料理がへただろうと、それは彼の個性、持ち味です。結構なことではないですか。私は今の彼の宿屋が好きなのです。」
「うむう……」
「あなたがそれを良しとはせずに鍛え直そうとするのも結構。ですが私には、あなたが彼をあなたの理想通りに育てようとする手伝いはできません。
 それに、」
 トラヴィアは宿鬼の話の内容を思い出しながら言った。
「たとえ私があなたの言うとおりに事を運んだとて、ニードまでもがあなたの思うとおりになるとは限りませんよ。」
「まさか!」
 宿鬼は反射的にそう口にしていた。自身の言うことを信じて疑わないのは今このとき彼もトラヴィアも同様ではあったが、宿鬼のほうには確固たる根拠があった。
「いいや、なる。ニードはぜったい、ぬしが宿屋に不満を言って宿屋に来なくなれば、それを改善するはずじゃ!」
 彼は知っているのだ。ニードが、トラヴィアという少女との出会いを遂げてからの彼が、十数年のあいだで一度たりともあり得なかったような劇的な変化をも遂げていることを。
 ニードはきっと、トラヴィアと出会っていなければ、自分がリッカの代わりに宿屋をやるなんて言わなかった。もっと言えばとうげの道へだってひとりでは行けなかったはずだし、もっともっと言えばあんなにもリッカへの思慕の情を剥き出しにすることだってできなかったはずだ。
 ただ、そこまで突き詰めてしまえば、まるですべての元凶が彼女にあるような気までしてくるのだが。しかしそれはここで言及すべきことからは既に外れている。
 とにかく「トラヴィア」は、ニードにとって特別なのだ。彼女が宿屋を訪ねてきたときのあの露骨な喜びようといい、これは間違いない。
「いいえ、そんなことは確実には言い切れません。私の立場がリッカのものであるならまだしも。」
 ニードは彼女を好いていますから。そう言うトラヴィアの目には疑念がいっさいない。
「あなたの想像は間違っています。ニードは私が宿屋を訪れたときにあんなにも喜びはしません。また、個人的なことを言わせてもらうと、私はビスチェなど装備しません。」
「いやだからそれは、そちらの装備ならば、より効果が上がるということで…」
 宿鬼はむしろ、疑いを持たないトラヴィア自身の様子にとまどいを覚えてきていた。言葉をついうやむやにしてしまい、そして確かめるように、尋ねる。
「……本当に、心から、そう思っているのか?」
 『そう』は、『ニードは私が宿屋を訪れたときにあんなにも喜びはしません』を指している。
「はい。」
 トラヴィアはしっかりと頷いた。
 宿鬼、もとい、リッカの祖父は頭を抱えた。物語の端からトラヴィアやリッカやニードの様子を見守ってきた彼は、トラヴィアの頑固なところをよく知っている。
 彼がこれ以上ここで彼女を説得しようとしたとして、それは時間の浪費にしかならないだろう。
 そしてまた彼女のまじめで潔癖なところをそれなりには知っていたから、思った。
「(かわいそうに…。あんなひどい宿屋でも好きと言ってのけるとは、そうとうニードのことが好きなんじゃな。恋は盲目とはよく言ったものか。)」
 しかもそれを本人がまるで自覚していない。さらにニードからの好意にも気付いていない。
「分かった。そうまで言うのならしかたがない、わしはわしで何とかしてみよう。
 だが、最後にひとつ言わせておくれ。トラヴィア、きみは、」
「はい。」
「きみ自身が思っている以上に、ニードに好かれておるんじゃよ。もちろんリッカにも。リッカの一件以来、村の中にはきみを見直す者もいる。
 それを忘れないように。」
「……はい。」
 そしてトラヴィアは立ち去る気配を見せる。形式的にリッカの祖父が次の目的地を尋ねると、彼女はこう答えた。
「次の目的地は私の故郷になります。もう旅の目的は達成したので。私はこれから故郷に帰ります。」
「ニードには挨拶は済ませたのか?」
「挨拶……ニードに……そうですね。これからします。それでは。」
 トラヴィアは軽く会釈すると立ち去った。 









 「単純かつ、複雑」を書いたときに、うちに来てくれる人から「トラヴィアがいればニードは宿屋ちゃんとやってそう」といったお言葉を頂いて、それからずっと考えていました。トラヴィアが喜ぶためにニードが色々模索して、そうするとそれに従って宿屋の評判もUPするんですって。
 おおお、確かに!!それは確かに!!元々彼が宿屋を始めたのは「好きな女の子の気を引きたい」とかいう不純な動機だったので、宿屋をがんばるのも「好きな女の子のため」っていうのはアリだな!大アリだな!って納得しました。
 むしろ、トラヴィア視点でニードの宿屋に泊まりまくって感想を言いまくって宿屋を改善する、宿屋主人育成シミュレーションゲーム?みたいなのもおもしろいな!とまで思いました。それからさらに、これニード視点で、宿屋にやってくるトラヴィアのために色々がんばって、宿屋の評判も上げつつ好きな女の子もGET!みたいなシミュゲでもいいなーって思いました。(失敗すると、トラヴィアは宿屋に来なくなります。バッドED)
 じっさいにゲームを作ったりまではできないけど、一枚絵だけ描いてネタにしたらおもしろいな!って思っていました。

 こっからいつもの、深いところまでぐだぐだねちねち考えた話。
 ただ、実際ネタにする段階になると、なんか違うな…って思ったのです。トラヴィアはたぶん、あんなしょぼい宿屋でも大好き!料理がまずくても布団にカビ生えてても、ニードが出迎えてくれるあの宿屋が大好きなんだろうな、と。
 ニードが宿屋を立ち直らせて以降はまた別として、彼女はおそらく、言っちゃなんですが、ニードに「宿屋主人」としての期待は一切していないでしょう。天使としてウォルロを見てきた彼女は知っています、ニードの人間として足りないたくさんのものを。
 ニード個人のことは好きだけれど、彼が人としてすばらしいかはまた別の話。何も考えていないようで考えている、あほならではの物を見る目、とかはニードってけっこうイケてるにしても、まあそれだけです。責任感はないし何をやらせても長続きしないしめんどうくさがり。(トラヴィアはそんな彼が好きなんですが!)
 とうげの道道中を経て見直したからといっても、ニードはニードです。彼が宿屋を継ぐと言ったとき、確かにそれは素敵な申し出、リッカのためを思っているのねすてき!とは思ったかもしれないけれど、トラヴィアはニードに期待してはいません。
 でもたぶんこれは無自覚な無期待です。トラヴィアにとって、ニードの宿屋がリッカの宿屋並みに「宿屋として」優れたものになるとは思い浮かびもしないことです。
 ただニードが好き、ニードの宿屋が好き。それだけ。冒険のあいまに訪れれば友だちとして出迎えてくれる、だからトラヴィアはここをひんぱんに訪れます。
 なので、果たして彼女は、ニードの宿屋に対する不平不満を口にすることが(ED前において)あるのか?と疑問になりました。

 というわけで、トラヴィアが自発的にニードの宿屋に意見を言うような案はボツ。なんか紆余曲折を経て(すいませんはしょります…)こういうことになりました。
 トラヴィアがニードにぶつぶつ言ってっていうのじたいは、凄くおもしろいと思ったんです!本当にありそうだし。ただ私が上述したような面倒なことを考えてしまったので、実際に起こったこととしては描けなかったんですが…。
 ニードがトラヴィアのためにがんばって宿屋を立ち直らせるっていうの、これも凄くおもしろいと思うので描きたいです。本当はこれで描く予定だったですが、なんか描けなかった…。

 書いていたら当初の予定を外れまくりました。最初はほんと、全部まんがの予定だったんですが、3P描いた時点で「これはまんがじゃ描けないな…」と思って文章にシフト。
 気付いたら女神の果実収集完了後になっていました。このあとそのうち「remorse」に続きます。
 あれはパーティメンバーたちをおもてに出した、トラヴィアの人間との別れでしたが、また別の面からのお別れも描きたいです。人間に多面性があるように。

 ちょっと遠ざかりすぎたけど、でも結果としては、サイトに来てくれる人のお話からこの話は生まれました。さんくす!
 またそのうち、トラヴィアのために宿屋をがんばるニードの話も描きます。

 たぶんこの作品は、5月19日らへんに完成させました。

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