舎弟とトラヴィア

はた迷惑なカップル

「なあトラヴィア。ちょっといいか?」
 村の入り口で、舎弟はトラヴィアに声をかけた。きっとニードの宿屋に急いでいたのだろう彼女は、それでも舎弟に声をかけられて立ち止まる。
「なんですか?」
「ちょっと話があるんだ。急ぎかい? だったら強制はしないが。」
「いいえ。いつものように、私はここに帰ってきただけだから。」
「よかった。それならうちに来てくれよ。」


 トラヴィアを椅子に座らせて、熱いお茶の入ったコップを差し出す。彼女はありがとうと控えめに言ったあとでコップに口を付けようとしたが、触れたとたんに手を離した。熱かったらしい。
 舎弟も彼女の向かいに座る。テーブルの上に肘を付いて顎を支えてトラヴィアを見た。
 異国情緒溢れる褐色の肌に、邪気はないが強い黒い目。いかにもまじめそうに切り揃えられた、少しくすんだような色の黒髪。素朴だが癖がなくて整った顔立ちをしている。長く付き合っていれば、その変化に乏しい表情のいかに多彩かがよく分かる。要するにかわいい。
 見れば見るほど現実味がない。目の前のこの彼女が、ニードさんと付き合っているだなんて。
「それで、話とは?」
「ああ、大したことじゃないんだ。率直に言うと、どうやってニードさんがアンタに告白できたのかが気になってな。」
「え……」
 トラヴィアが目を丸くした。ほっぺが途端に赤くなる。バレていないとでも思っていたのだろうか、と舎弟はむしろほほえましく思いながら言葉を待つが、待った先のそれは彼の予想とは大きく異なったものだった。
「告白なんて、されていません! 何も!」
「……え?」
 今度は舎弟が目を丸くする番だった。主にニードさんを通して彼にすっかり打ち解けているトラヴィアは、ぺらぺらとまくし立てるように言う。
「何を勘違いしているのかは知りませんが、私はニードから何も言われていません、何も。ただ私が一方的に言ってしまっただけで、あっ、」
 言い終わらないうちにトラヴィアは口を覆った。そこまで言ってしまうつもりはなかったのだろう。まあ何にせよ舎弟は聞いてしまった。
 聞いた中からまとめて考えてみると、どうやら告白に至ったのはトラヴィアだけらしい、少なくともトラヴィアの中では。
 舎弟が見る限り、ニードさんはすっかり両思いになった気で浮かれていた。それをよく感じ取ったから、彼はこうして今トラヴィアに話を聞こうとしているのだ。
 それなのに彼女は違う告白はされていないという。矛盾が生じていた。
 ニードさんが勝手に告白した気になっているだけか、それともトラヴィアが告白に気付いていないだけか。どちらもおおいに有り得る可能性だったので、舎弟は頭を抱えた。
「分かった、分かった。ニードさんは何も言っていないんだな。」
「ええ……」
「で、アンタは何て?」
「…………。言いたくありません。どうしても、言わなければなりませんか?」
「イヤならいい。無理には聞かない。」
 舎弟がそう言うと、トラヴィアはあからさまにほっとしたようだった。表情の変化こそ少ないものの、その様子は目から勘から簡単に感じ取ることができる。
「それにしても、ねえ。」
 舎弟はしみじみと思う。
「アンタがニードさんを、ねえ……。そうだったらいいなとは思ってたが、そんなの願望に過ぎなかった。まさか本当にそうだったなんて、びっくりだよ。」
「私もそう思います。」
 トラヴィアは胸の前で手をぎゅっと握った。少し目線を下げて、こう言っては何だが苦しそうに話す。
「おかしいと思います。私が異性に恋愛をするだなんて……」
「いや、そこまでは言ってな…」
「そうですか。でも私は変だと思います。」
 トラヴィアは強い調子できっぱりと断言した。舎弟は少し考えてから静かに尋ねる。
「……ニードさんを好きになることが、かい?」
「いいえ。ニードは良い人だから。」
 こちらもきっぱりとした断言、即答だった。その答えを聞いて舎弟はほっとした。
 トラヴィアは話す。
「ニードが、だめなのではないの。彼はトラヴィアのことを忘れないでいてくれた唯一の人だし、つらいときにそばにいてくれた、とても優しい人だわ。彼のことは人として好き。それは断言することができる。」
 そこでトラヴィアは、ニードを見るのではなく舎弟を見た。動かした視線を会話相手で固定し、じっと見つめる。
 きれいな瞳だったがそれにときめくなんてことはあり得なかった。そもそもトラヴィアがニードさんの好きな人だという時点で舎弟にとっては彼女は完全にそういう対象から外れていたし、トラヴィア自身が見る者にそういう印象を与えないようにしていた。きれいな瞳はきれいなだけで終わった。
「……私はつい、変なことを言ってしまったけれど。ニードは困っていなかった?」
「そんなことないさ!」
 むしろ大喜びだった。幸せ感が全身から溢れ出ていた。
 それなのにどうやら完全にトラヴィアは、未だ片思いの気でいるようだった。どこまでも救われない少女である。
「そう。それならよかった。」
「何ならニードさんと直接話してみるといい。よく分かるから。」
「……それは嫌。」
 トラヴィアはまたも舎弟の予想外のことを言った。
「どうして。」
「ニードに会うのが怖いの。彼に会うことを考えると、…彼のことを考えると……頭がぼうっとして、鼓動が激しくなって、頬が熱くなるの。こんな状態で彼に会えるわけがない。」
「…………。」
「しっかり話をしなければならないと、思うのだけど。」
 舎弟が見る限りのニードさんはとにかく嬉しそうで、両思いになった喜びに満ち溢れていた。嬉しい楽しい喜ばしい幸せだ、ありとあらゆる良い意味の形容の言葉を贈ってやりたいくらい。
 なのにトラヴィアは、そうではないと言う。
「(はあ……。どうしたもんかね。)」
 舎弟には事態がよく分かる。トラヴィアが激しい思いこみをしているのだ。
 ニードさんは両思いなもんだと思っているけれど(まあ、実際そうなわけだが)、トラヴィアは自分の片思いで、それをニードさんに言ってしまったと思っている。彼女の恋(それも自覚したくない)は未だ実っていないのだ。
 要するに勘違いなのだからさっさと誤解を解けばいいのだが、当の本人がそれを嫌だと言う。会いたくないと言う。
 しかし、事態は深刻なようで実はそうでもなかった。そのように舎弟には思われた。
 トラヴィアがニードさんに会いたくないのは、彼が嫌いになったとかではなくてむしろその逆だ。好きでしょうがなくて、そんな自分が恥ずかしくて彼に顔向けができないだけなのだ。
 彼女の色恋沙汰に無縁な性格が顕著に現れている。これまでもこれからも泥にまみれて世界中を走り回るのが本職のトラヴィアに、今更恋をじょうずにしろというのがそもそも無理な話だった。
 少しくらい躓いても問題ない、それがふつうだ。だからそんなに深刻ではない。本人たちが何とかすればいい。
 いいとは思うのだが。
「(なんか、ほっとくとこのまま別れちまいそうな気がすんだよな…)」
 お互いがお互いを好きで好きでしょうがないのに。意味の分からないすれ違いによってそうなりかねない。
 そんな懸念があったから舎弟はしばらく考え込んでいた。しかしふとあるとき突然、そんな自分がばからしくなった。
 誤解は本人たちで勝手に解けばいい。何も第三者である自分がそこまで関わることはない。お互いもう子供でもないのだから。
「このように、理性的な判断ができなくなるから、恋なんてしたくなかったの。ニードに会わないのも、私にとって嫌なことだというのはよく分かっているはずなのに。」
「うん。」
「だけど、胸が苦しいの。彼のことを考えるだけで。これはだんだんひどくなっている。まるで病気だわ。本人に会わないでこれなのだから、これがもしもニードに会ってしまったら、と思うと、思うだけで怖い。私はどうかなってしまうかもしれない。」
「うんうん。」
 トラヴィアはじっと舎弟を見た。
「…ねえ、舎弟。ニードに伝言を頼んではだめかしら。」
「だめ。自分で言いな、そのほうがずっといい。」
「……ですよね。すみません。」
 視線がしゅんと俯く。おそらくニードさんだったらこれに一発KOだ。そんなトラヴィアに決してKOされない舎弟は容赦なく言った。
「ニードさんのことが好きなんだったら、尚更だ。ニードさんだってアンタから直接聞きたいだろうよ。」
 何を伝言にする気だったのかは知らないが。それでもこれだけは変わらない事実だろう。
「なあ、トラヴィア。」
 舎弟は気を改めてトラヴィアに言った。
「アンタ、もう少し自信を持ちなよ。好かれててそれが信じられないんならまだしも、好いててそれを自分で否定するなんて。」
「……私は、恋の愚かなことをよく知っていますから。」
「そうは言っても、アンタが好きなのはニードさんだろう。」
「……。」
「確かにニードさんは、ガラ悪いし、えばりんぼだし、乱暴だし、責任感ないし、やることやらないくせにプライドだけは強いし、結局やらないし、ほんと困った人だけどさ。」
「……ニードには、人を見る目があります。」
 トラヴィアは静かに、しかしはっきりと、強く言った。舎弟は今度は聞く番に回る。
「……。」
「彼は、周囲の価値観にとらわれないで、自分だけの真実を見抜く力を持っています。そして、常に真実を問い続ける姿勢を持っています。絶対に自分に妥協しない。」
「……。」
「それに彼は、優しい。自分の大切な人のために、自分が何をできるかを考えて、行動しようとすることができる。…リッカのためにしてきたように。」
 舎弟は驚いた。それをそのまま口にした。
「へえ、アンタ、知ってたのか。ニードさんがリッカのこと好きだったってこと。」
 トラヴィアは頷く。その様子が少しつらそうなのは舎弟の気のせいなんかではない。
「ええ。見ていれば、それとなく分かります。」
「(それは分かるのに、何で肝心なところには気付かないかな!)」
 心の中でそう叫ぶ。それに気付かずトラヴィアは無理に続ける。
「分かっているのです。彼のすてきなところを、私はよく知っているのです。でも、でも、……」
 結局言葉は尻すぼみになって、密度の濃い迷いに対して尚も答えは見つからない。舎弟はトラヴィアを解放しようと思って、実のところは少しうんざりして、手を振った。
「あー、分かった。分かったよ。もうやめた。もう何も言わない。好きにしな。」
 好きにできないから困っているのだ、という反論はトラヴィアから返ってくるはずもない。
「俺のしたかった話は、まあ、こんなもんだ。引き留めて悪かったな。」
 言いながら、舎弟がすっかり空になったカップを片付けるそぶりを見せると、それに呼応してトラヴィアは椅子から腰を上げた。
「いえ……。それでは私は、これで。」
 そしてお茶のお礼が最後につく。トラヴィアが本当に部屋を出て行きそうになったので、さすがに家の外くらいまでは見送ろうと思って舎弟は立ち上がって歩き出した。
 トラヴィアの背中に付いて部屋を出ようとする。その間際に舎弟は言った。
「あの人は、ほんと困った人だけど……アンタだったら任せられるよ。ニードさんのこと、よろしくな。」












 ちなみにこの日この後トラヴィアはニードさんに会った。結局彼の宿に泊まって翌日村を出ていった。狭い村だから仕方がない。
 2人がどんな話をしたのかを、舎弟は知らない。だが村を出ていくときのトラヴィアは何だか幸せそうだった。









 文章がとても軽く、楽しく書けました。読み返しているときに、「あっこここれあったほうがいんじゃない」っていうのがぽんぽん浮かんできて、ぽんぽん追加しました。そのわりには量がありませんしね!

 いいかげん、舎弟もうちのレギュラーなんじゃないか……と思ったですけど、単に私の脳内でいっぱい出てきてるだけで、まだサイトではそんなに出てきていませんでしたね。
 舎弟はほんとかわいいです。
 ちなみに私の彼のイメージは、ぽっちゃり系、スネオ系と迷った挙句、イケメンに落ち着きました。なんであんたみたいなイケメンが!?っていうくらいの。でも超舎弟。
 ニードの周りには、凄い人が集まってるといいです。リッカしかり主人公しかり宿鬼しかり。父親は村長だし。で、舎弟も凄ければいい。
 舎弟はニードの舎弟じゃないですか。でも、盲目的に崇拝してるとかじゃなくて、だめなところを分かった上で何だかんだ好きなところがいい。そのわりにはニードに対して敬語使ってたりして……実はふざけてんじゃないのこいつ!ってところがいい。


 クエスト157以降、リッカをつれてウォルロに帰ったら舎弟が「リッカじゃねえか!」(←「え」がポイント。主人公だと「主人公じゃないか!」)と言ってたのを見て以来、リッカ・ニード・舎弟の3人組についての妄想も止まりません。幼少期を考えてしまう。
 あと、今突然思ったんですけど、舎弟は、主人公が帰るたびにニードさんの話をするじゃないですか。でもリッカのときはしないじゃないですか。だからもうあの時点で既にニードは主人公のことを好きだったんじゃないかとか思いました。妄想です。
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