トラヴィア/まだ「ニードが素直だった」ときのウォルロ村

それは遠い日のおもいでになる

 ちょっとだけ気になっていたの。誰にも、イザヤールさまにも言ったことはなかったけれど。


 私は師であるイザヤールさまに手を引かれてウォルロ村に降り立った。まだ飛ぶのに慣れていなかったからイザヤールさまにはいつもいつもお世話をかけてしまう。
 ここウォルロはイザヤールさまの守護する村だ。そのうちおまえの守護する村になる、と、イザヤールさまはいつもそうおっしゃって私をここに連れてくる。人間をじかに見て学ぶためだ。
 ウォルロ村は小さな村だった。セントシュタインのように多くの旅人が集まるでも、エルシオンのように各国から知識人が集まるでも、グビアナのように独自の文化を誇るでもない。そんな村を、天使界始まっての天才であるイザヤールさまが守護するだなんて…と、少しいぶかしんだこともあった。
 それをイザヤールさまに直接伝えたときには、怒られてしまったっけ。今では、守護する集団の程度と天使の程度を比較してしまったことを反省している。

「私たちの姿は人間には見えないから、自由に、心行くまで見学して来なさい。」
 イザヤールさまはそうおっしゃったので、私はそのとおり村を…そこに生きる人間を見学することに決めた。イザヤールさまはご一緒なさらないのですか。そう言いたかったけれどそんなことは言えるはずがなかったので飲み込んだ。
 人間には我ら天使の姿を見ることはできない。それなのに彼らは、守護天使に感謝しその像に祈りを捧げるのだとか。おかしなものだと私はいつも思う。そして人間は愚かなものだと。
 風のない中をほんのちょっとだけ浮くことなら私にも簡単にできる。私は小さな羽を動かして軽く大地から足を浮かせながら(だって私は天使だもの。地上を歩くなんてことは人間のすること)、のどかなウォルロ村を見て回った。

 村の隅の家の前にその男の子は居た。後ろ手にお花を持って、扉に向かって声をあげていた。
 彼は、金色のまっすぐな髪の毛を後先考えずに切っている感じだった。イザヤールさまみたいに、ぜんぶ剃ってしまえばきれいなのに。私はそう思った。ついでになんだか乱暴な雰囲気がする。イザヤールさまとは大違いだ、やっぱり人間って野蛮だ。
「おーい、リッカー! 寝てないで遊ぼうぜー!」
 少年は短い手をぶんぶんと振り回して声をあげる。しばらくは何の反応もなかったけれど、しばらくすると家の正面の扉が開いた。中から出てきた年配の男性が、彼の求める「リッカ」だろうか。それにしては年齢がちぐはぐだ。
 私は爪先をわずかに地面から浮かせるくらいに飛んで、ぼーっとその様子を眺めていた。年配の男性はせかせかと出てきて少年の前に立って、そこで私がびっくりしたことには、少年の頭を一発、ぐーで殴ったのだった。ぐーで。
 殴られた箇所を押さえながら、少年は涙目で男性に抗議する。
「いてっ……いってーな! なにすんだよ!」
「このドラ息子が! 大声をあげるなといっつも言っておるだろうに!」
「ちえっ。んだよ、まだそんなに具合わりーのかよ。ちょっとは良くなったかと思ったのに…」
「そう簡単にはいかん。」
「いつ遊べるんだ?」
「それはわしにも分からん。リッカ自身の様子次第じゃ。」
「そっかー……。じゃ、これ。」
 「リッカ」は男性ではなかったのか。私は何となくで納得していると、少年は後ろ手に持っていた花を男性に差し出した。「リッカに。」察するに、おそらく男性は「リッカ」の保護者か何かなのだろう。少年から差し出された花を受け取って、少年に向けて手を伸ばして今度は彼を殴ることはせずに、その頭をぐりぐりと撫でた。
「いつもありがとうな。リッカも喜んでおるよ。」
「へへっ。早く出られるようになるといいな。じゃーな、じいさん!」
 結局目的の「リッカ」には会えなかったというのに、少年はなにやら満足そうな様子である。短い手をぶんぶんと振り回して「ばいばい」をして、走り去った。
 私はそのあとを追いかけた。今日の目的は人間界の見学だ。




 少年は来る日も来る日も「リッカ」の家に訪ねていた。私は人間界に来る日来る日、かならずと言っていいほど、少年のあとを追いかけた。最初こそ人間界に来るときはイザヤールさまに手を引かれて、であったが、そのうち私も一人で地上に降りられるくらいにはなった。
 ウォルロ村に通ううち、「リッカ」というのは少女であるらしいことが分かった。そして彼女は身体が弱いこと、だから外に出られないことや、少年の名前は「ニード」であるということ、ニードは村に新しく引っ越してきたリッカと遊びたくて話がしたくてしょうがないこと、だからいつもいつもリッカの家を訪ねていることなどが分かった。
 彼を追いかけて彼の家も見に行った。ニードはこのウォルロ村村長の息子だった。だからこそ余計に、村に引っ越してきた少女と仲良くしようとしていたのかな、と私は思った。けれどもニードのその少し病人には騒がしすぎる行動は、父親である村長の目にはあまり好ましく映ってはいなかったようだけれど。
 このウォルロ村の静かな環境と名水と守護天使であるイザヤールさまの力(言うまでもなくこれが一番大きいだろう)があってか、リッカの容態はどんどん良くなっていった。だから、ニードがリッカと遊べる日もすぐにやってきた。
 決して外に出ることのなかったリッカがようやく扉を越えたときは、私はニードと一緒になって溜息をついたものだった。真っ直ぐな青紫の髪に、ぱっちりとした瞳。「こんにちは」とあいさつした声はちょっとだけ弱々しかったが、ニードとリッカはすぐに仲良くなった。
 私はその様子をずっと見守っていた。

 時間が経つにつれて人間は変化する。天使はあまり変わらないけれど、ちょうどこのとき、イザヤールさまが私にウォルロ村の守護天使を引き継ぐという話が持ち上がって、ただ人間界を見学するためだけにウォルロに来ていた私は、「ウォルロ村の人間を守護する」という観点から彼らを見守るようになった。いつかイザヤールさまの跡を継ぐときのために。目で見て様々なことを学んだ。
 たかが数年のうちにウォルロ村は変化していた。リッカの父親やニードの母親が亡くなり、教会の神父が替わり、誰かと誰かが結婚して、子供が生まれて。天使にしてみればまばたきをする間に過ぎ去ってしまう一瞬の間にでも、人間は簡単に変わってしまうのだと、この数年の間に私は理解した。人間は儚いものだと思った。
 そして気付けばいつのまにか、リッカはすっかり人の良い宿屋の主人になり、ニードは村をふらふらするようになった。彼は、村中を歩いては何事かをし、時々村の外に出ては、剣を手に取りモンスターと戦ったりしていた。それはまるで守護天使のすることのようだった。人間のくせに。まだ守護天使ではないからイザヤールさまなしには人間に一切干渉できない私は、なんとなく歯がゆい思いで彼のあとを追いかけた。
 私もそのうち、イザヤールさまに見守られながらではあるが、少しずつ、人間達の手助けをすることができるようになった。日頃鍛えてきた剣でモンスターを倒すことは簡単だったし、人間が眠っている間に掃除をするなど、人間の言葉で言うところの「朝飯前」だった。私が守護天使になる日はすぐにやって来た。一人前の天使として師に認められたのだ、私にとってはこれ以上ない喜びだった。(そしてこのとき私は、心の隅で、ようやくイザヤールさまがエルギオスさまを探しにゆける、と思った。悲しくはなかった。)
 そして守護天使になった私は、





「うん? 誰かと思ったら、この前の大地震のどさくさで村に転がり込んだトラヴィアじゃねえか!」
 トラヴィアは声のしたほうに振り返った。確認などせずとも分かっている。この声はニードのものだ。
 天使の翼と輪を失くしたトラヴィアは、ウォルロ村での生活を始めて、この守護天使像の前に立つことがよくあった。そこに刻まれる名前はいつのまにか、「トラヴィア」になっていた。こういうシステムなのだろう、と、勝手に納得した。
「おまえ、こんなところでなにボーッとしてやがんだ?」
「…………。」
 そうしていると、よく、このニードという少年に因縁をつけられることがある。いったい何が気に入らないのか、何かが気に入らないのか、それとも全てか。なんにせよトラヴィアには意に介するほどのことではなかったので、彼女は今回も何も言わなかった。
「…………。」
 ただ、勝手に話を進めるニードとその隣の友人の姿を視界に入れて、何も感じずに立つのみ。









 ニードは、たぶん、最初はリッカとめっちゃ仲良くしようとして、仲良くなって、仲良しになるんですけど、
 そのうち小学生が好きな女の子をいじめたくなるノリでちょっといじわるするようになって、大きくなって、うまく付き合えなくなって(このへんで毛が立つ)、
 ゲーム開始時の状態に至るのでは……と思っています。
 「昔は素直だったのに…」の、「昔」が、どのくらい昔かはわかんないですけど!

 この話は、「天使としてウォルロを見て来たときから、実はトラヴィアがニードに片思いしてたりとかしたらちょう少女マンガじゃねえ!?萌えじゃねえ!?」とか思ったことから生まれました。
 天使と人間の種族差の恋とかめっちゃ萌えるんです!まじで萌えます……私はずっとあなたのことを見ているのに、あなたは私の存在に気付きもしないで、他の女の子のことばっかり追いかけるの!とか…はあはあ。しかもニー主の場合、トラヴィアは最終的には人間に見えるようになって、ニードとも話せるようになるから、もしもトラヴィアがニードに片思いしてたら、やっと彼と話せるようになるわけじゃないですか!で、いざそうなったら嫌われてる、っていう……ちょうショックじゃないですかなにこれ萌える。
 でも、まあ、実際そんなことはありえないし、そもそもお互いマイナス感情からのスタートだっていうのがうちのニー主の萌えどころのひとつでもあるので、本文中での表現程度に収まりました。めでたしめでたし。
 別に、好きとかどうこうってわけじゃないけど(そんな感情は知らないし)、ただ気になって見てはいたんだよ!っていう。
 でもいざ会ってみたら超嫌われるし、ひどいこと言われるし、「ああ人間って、そんなものなのね…」っていうわけですよ!

 でも、上に書いたみたいな超少女マンガ的な展開はすっげーわたくしてきに萌えるところだったので、またいつかパラレルで描いてみたいと思います……少女マンガドラクエ9!
 だめだちょう萌える。やばいって。これやばいって!ついでに私もやばいよ!!

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