旅の終わり、悲しみの始まり
「まさかねー、アンタもかわいいトコあんじゃない。アタシに会いたくて願い事使っちゃうなんて。」 「え……?」 トラヴィアは隣に座るサンディを見た。小さいので目線を降ろす。その言うに恐る恐る、といった様子はどう形容したら最も適切だろうか。 目を瞬かせてトラヴィアは、少し時間を空けただけだったのにまるで長い期間別離していたように感じられる、実際はほんの少し会っていなかっただけの隣の小さな妖精を見る。半信半疑で、という表現が最も近いだろうか。 何にせよ彼女のその反応はサンディにとっては不服なものである。彼女はふわりと飛び上がるなりトラヴィアの頬を威勢よく叩いた。威勢よい言葉と共に。 「なによー! 信じられないような目ェしちゃってサ!」 「サンディいたい……」 最もこのような妖精の横暴な振る舞いはもう毎度のことである。トラヴィアは旅の間これに幾度も幾度も付き合わされた。 「アタシに会いたかったんでしょーがっ! それともなに、あれはウソだったっていうのっ!? その場限りの勢い!? やっぱり会いたくなかったってワケ!?」 全くこの妖精はころころを表情を変える、と、普段から表情の変化に乏しいトラヴィアは心中そう思った。サンディはくしゃりと表情を歪めるとそのまま何かを吐き出そうとして、しかしすぐに思いなおして腕いっぱい使ってごしごしと目をこすり、こう怒鳴りつけるのだった。 「トラヴィアのばーかっ!」 トラヴィアはわずかに口元を上げて苦笑した。彼女は察したのだ、この小さな妖精、たった一人のトラヴィア自身の道連れだったサンディの心情を。 それはトラヴィアに理解するには非常に複雑で、ややこしくて、あまりに横暴であったが。 「………はは、ばかでごめんね。」 普段からトラヴィアはサンディのこのような自分勝手な振る舞い対して、小さく笑って少しだけ困って、それを受け流すだけである。
だがこのときばかりは、――全てを失った中で数少ない拠り所に再会したこのときばかりは、違った。 トラヴィアはサンディと同様にくしゃりと表情を歪ませた。だがこちらは腕で顔を隠して何かを拭い取ってしまうこともない。 唇がわななき、瞳が揺れる。 咄嗟にサンディがトラヴィアの顔の前にふわりと近付き、トラヴィアの顔に触れ、小さなおでこを大きなおでこにこつんとぶつけた。 「………どうしたのよ。」 そして声をかける。その声はまるで母親が子供をあやすかのようなもので、優しさをたっぷりと含んでいた。 それはサンディの、実に即興の優しさだった。トラヴィアはそれにこのときばかりは寄りかかる。 「……師が…イザヤールさまが……死んでしまいました。」 震える唇が動き、頼りない言葉を紡ぎ出す。 「私には、師を救うことができませんでした。私は私の無力がここまで悔しかったことはない。私は悔しい。」 「……うん、そうだね。」 「……師は…死んでしまいました。もう二度と、私を導いて下さることはありません。」 震える声にノイズが加わった。言葉は途切れ、途切れ、震え、そして意味もなく跳ねた。 「うん、そうだね……。」 トラヴィアはただひたすらに彼女の道連れに心情を吐露し、泣いた。彼女自身の大切な人とその死を思って、このとき初めて悲しみに身を委ねて泣いた。
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