ニードと舎弟/クエスト157「宿王をめざして」の前夜

宿王めざして前夜

 夜。小ぢんまりとした部屋の中、テーブルの中央に置いたロウソクの光に囲まれて、ニードとその舎弟が話している。

「ニードさん……そんなに落ち込まないでくださいよ。いくらトラヴィアに振られたからって。」
「そーいう言い方すんじゃねえよ! そもそもオレは、トラヴィアになんも言ってねえし……」
「言えてないんですよね? それが振られたってことなんですよ。」
「おまえも言うようになったじゃねえか。…単に、トラヴィアがここんとこ村に来なくなっただけだ。忙しいんだろ。」
「グランプリの開催に合わせて、ですか? 何かおかしいと思いません?」
「……なんだって?」
「俺が、ニードさんが振られたって言う理由ですよ。トラヴィアはニードさんじゃなくてリッカを選んだんです。」
「!? なんでおまえがんなこと知ってんだ!? あいつはこの村には来てないはずじゃ…」
「正しくは、ニードさんの宿屋に、ですよ。俺ってよく村の入り口あたりをふらついてるでしょ? それでちょっと前に、トラヴィアに会ってたんです。」
「…………。」
「ニードさんに会っていきなよって言ったら、ちょっと気まずそうにして言ってました。『やっぱりニードには会いづらいから、帰るよ』って。
 理由を聞いたら答えてくれましたよ。これは内緒ねって言われたんですけど……どうせ明日には分かることですし、いいですよね。『宿王グランプリ決勝戦で、私はリッカのパートナーとして出ることにしたの。だから、ニードの宿屋には泊まりづらい。』ですって。」
「……な、な、な、なんだって!? マジかよ!?」
「マジです。」
「それであいつは、おまえに言うだけ言ってオレんとこには来なかったってわけかよ! 腹立つなー!!」
「俺にやきもち焼いたりしないでくださいね。だいじょうぶです、ニードさんの春を邪魔したりはしませんから。」
「そんなつもりじゃねえよ! おっ、オレは、トラヴィアがリッカのパートナーになったってことに腹立ってるんだ。」
「それはいったい、どっちに対する嫉妬ですか? トラヴィア? リッカ?」
「うるせーよ、どっちでもねえよ! 変なこと言うな!」
「すいません。えー、というわけで、ニードさんはトラヴィアに振られたんです。トラヴィアはリッカとリッカの宿屋を選んだんですよ。」
「…そうか、あいつはリッカんとこにも通ってるんだもんな……ありえない話じゃねーや。もっと早く誘っとけばよかった……」
「あー、でも、誘わなくてよかったんじゃありません? トラヴィアのことだから、どっちにつくか迷いに迷って倒れてもおかしくないですし…」
「おまえがあいつのこと分かったようなクチ聞くなよ!」
「すいません。」
「しっかし、パートナーどうすっかな……。おまえやってくれねえ?」
「いやですよ。知ってます? 宿王グランプリの決勝戦って言ったら、およそ宿屋の経営には関係ない内容の競技をやるって評判なんです。砂漠で数日間野営をやったりとか、洞窟まで行って強いモンスターを倒してきたりとか。パートナーっていうのは、そういうことに協力する役目なんです。この俺に勤まるわけないですよ。」
「だろうなあ……。だから、そういういみでも、トラヴィアに頼みたかったのに。」
「野営もモンスター討伐もお手のものですもんね。男としてちょっとむなしくないですか?」
「うるせー、ほっとけ!」
「決勝戦にいくまでに、その宿の宿屋としての評価はほとんど決めちゃってるんです。あとは、セントシュタイン国王は、宿王に輝くだけの何か決め手を求めている。他との決定的な差です。」
「決定的な、ねぇ……。んなもん、うちにはねーだろ。セントシュタインやサンマロウのみたいに広くもねーし、客の数だって少ないし……。」
「なんで決勝戦まで生き残れたんでしょうね。」
「そりゃあ決まってるさ! このオレの真心こもった接待と、料理よ! そういうののあたたかさに客は満足して帰ってくんだ。」
「へー。ニードさんがそんなこと言うなんでびっくりだ。」
「オレもおまえが、そこまで言うなんてびっくりだよ。おまえはオレをなんだと思ってんだ。」
「え? ニードさん。」
「…………。トラヴィアが言ってたんだよ。ニードの宿屋はあたたかいってな。来るとほっとするって。」
「ああなるほど。」
「けどなー……。決勝戦に残ったのは、あのセントシュタインとサンマロウの、どっちもでっかい宿だ。あーいうのと戦うには、こっちだってそれ相応のモンを用意しねーと。」
「って言うと?」
「やっぱり金だろうなあ。金さえあれば、うちだってあそこまで大きくできるし、客もたくさん入るようになる。うちに足りないのはそういうのなんだよ。」
「…………。」
「ま、明日はリッカのじーちゃんでも連れてくかな。ああ見えてすっげーしぶといジイさんだし、宿屋の何たるかについてはお手の物だろ。」
「…………ですね。俺も、それでいいと思います。明日はがんばってくださいね。」
「おー、やってやるよ。ついに明日だ。今までオレのことバカにしてきた連中に、オレだってやればできるんだってところを知らしめてやる。」
「応援してます。」
「おう。ありがとな。
 “……宿屋マシンと化したこのボクの力、とことん見せ付けて差し上げますよ。”」
「えーっ、それ、明日もやるんですか。変ですよ。」
「“変とは何ですか、失礼な。明日は大事な勝負なのですから、本気で挑むのは当然です。
 トラヴィア……いえ、トラヴィアさまにも、今のボクの姿をお見せして、驚いていただきましょう。”」
「あはは、何度見てもやっぱり変だ。きっとトラヴィアは驚きますよ。」
「ははっ、だろーな。
 …じゃ、そろそろ寝るか。遅くまで付き合わせて悪かったな。」
「いえいえ。俺はニードさんの舎弟ですから。」

 そこで舎弟は思った。ニードさんの宿屋に必要なのは、たくさんの客をもてなすことのできる大きな設備でも、そのためのお金でもないと。
 たとえばこの、ニードさんの宿屋を昔からひいきにしてくれている、トラヴィアのような人物。彼女はニードが宿屋を受け継いだときから、評判が下がり始めたときも、下がりきってしまったときも、また上向きになり始めたときも、今のような人気の宿屋になったときも、どんなときでも変わらず宿屋に泊まりに来てくれていた。たいしてうまくもないどころか相当まずい料理をおいしいおいしいと言って食べては、また来るねと言って冒険に戻って行った。舎弟はそのことをよく知っている。
 そしてそんな彼女をもてなすときの、ニードさんの嬉しそうで楽しそうなこと。ああまで幸せに満ちたニードさんの表情を、彼はここ数年、トラヴィアに接するとき以外で見たことがない。
 ニードさんは変わったのだ、トラヴィアに出会って。ずっと彼を見てきた舎弟だからこそ知っている。
 トラヴィアに出会って、やっと一歩踏み出せて、それでもまだ足りなかった。リッカの祖父に鍛え上げられてずいぶんとご立派にはなったが、それでもまだ足りない。それを最終的に埋めるのは、彼の最初の一歩を促したトラヴィアその人だろう。
 なのにこんなときに限って彼女は居なかった。トラヴィアは恋愛よりも友情をとったのだ。…と、いうよりは、ニードさんが女の友情に手出しできなかったのだ。
「(残念だったな……。彼女さえ居れば、ニードさんが宿王になるのだって夢じゃなかったのに。)」
 舎弟は既に予感していた。次の宿王は、トラヴィアをパートナーにしたリッカになるだろうと。それは物凄く残念なことである。
 けれども同時に彼は思う。横暴でわがままでケチなニードさんには、いつも何かが足りていない。それは人を思いやることだったり、気持ちを伝えることだったり、今一度自分を振り返ることだったり。それこそが、一番ニードさんらしいニードさんなのだ、と。
 いつまでも困った人だったが、だから舎弟は彼のことを嫌いになれないのだった。









 舎弟とニードとの話はいつかぜったい書きたかったんですが、今回やっと書くことができました。
 私が「ニード祭やるぞ!!」って思ったのは、このクエストがきっかけだったんです。ニードが出るっていうから!
 なので、リクエストを消化して、最後にこの話を書いて、それで祭の締めとします。何度めかになりますが、リクエストくださった方、ほんとうにありがとう!!

 ニードが好きです。舎弟が好きです。
 序盤、ウォルロを出てニードを行動するときに、村の入り口に立って「体力が減ったらリッカのところに行けば休ませてもらえるからな!」とか、あれこれニードを心配して主人公に教えちゃう舎弟がかわいすぎます。あんまりにも言うもんだから、「おまえは主人公の母親か!」と言われちゃう舎弟が大好きです。
 最初は村の入り口を塞いでいたのを、「あんまり言うとしっぺすんぞしっぺ!」って言われて、しょうがなくどいちゃう舎弟もやばいですかわいいです好きです。
 「困った人だけど、嫌いになれねーんだよな…」っていう舎弟も、大好きです!!
 村では厄介者扱いであっただろうニードとこの舎弟の仲を考えるのが楽しいです。舎弟はついつい余計なことまで口走ってしまいますが、それもニードさんを思ってのこと。リズムがぴったりで、でもちょっとばからしいようなこの2人のやりとりが大好きです。

 たぶん舎弟は、ニードのことをよく分かっているんだろうなあと思います。リッカに対する思いもしかり。きっとトラヴィアが現れてからは、彼女の登場に伴うニードの心境や彼自身の変化も、よく見てよく分かっていたのではと。

 これでニード祭はおしまいです。リクエストくれた方、見てくれた方、ほんとうにありがとう!
 ちゃんと当日にUPすることもできずに、なんだかぱっとしない終わり方ですが終わります。どうもでした!




 余談ですが、このクエスト後にリッカをパーティに入れて舎弟に話しかけると、「リッカじゃねえか!」って言われます。リッカのいないときは、「○○じゃないか!」と言われます。
 このたった2文字の差にものすごく萌えます。そしてそこから、ありし日のウォルロの少年少女の関係を想像して、さらに萌えました。


 追記
 クエスト名は、「宿王めざして」だよ!何間違えてん私!!
 直しました。うっかりするといかんね、自分……。
 あと、本文にもちょっと修正入れました。
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